先日、2016年11月19日(土曜日)、
「岡本弥太を歩く」in赤岡町に参加させていただきました。
その催しの参加報告とお礼を申し上げたいと存知ます。
1.岡本弥太を歩く(赤岡小学校⇒高村光太郎揮毫白牡丹碑)
参加者は、30名弱でした。
まず、主宰の高専、佐藤元紀先生のほうから、ウォークの順序、ならびに小冊子に関して説明いただき
ました。参加の皆さんに、住江明さんが出版された<初版琴歌抄>の複製本が配布されました。
佐藤先生が、ウォークで訪ねる街と弥太年譜まで、併記してくださっていて、新たな発見がたくさんありました。
最初の訪問先は、赤岡小学校でした。(左下写真)
弥太はこの赤岡小学校の教師時代【8年間】がもっとも華々しく詩作に励んだ時期でした。
次に、訪問したのは、赤レンガ商館(元赤岡町長:小松与衛門邸)でした。懐かしいたばこやさんの店頭が、
そのままで、きっと弥太もバット(ゴールデンバット)をかぅて帰ったことでしょう。ヘビースモーカーだったようです。
赤岡小学校前で、解説を聞く参加者 青濤幼稚園門柱(弥太命名の名前らしい)

赤レンガ商館( 元赤岡町長:小松与衛門邸)
赤岡は、キリスト教会の多いところです。
1969年キリシタン弾圧の流刑地が赤岡であったことから、各宗派3教会がそれぞれに教会を建てていたとのこと。
弥太がいづれの教会に通っていたかは、不明です。赤岡教会となりの青濤幼稚園の名前は弥太がつけたようです。
(上右側写真)
赤岡の町並みをあとに、香宗川を東に超えて、左折して約500メートルほど北進しますと香我美共同墓苑があります。
その北側の一角に弥太の詩文付きの墓石があります。
詩文の内容は、経年で読みにくくなっているため、以下に記させていただきます。

ご参加の皆さんが、お参りしてくださいました。
ありがとうございました。
元来た道をたどり、先ほど左折下交差点を東進、河村かまぼこ店さんで、天ぷらを買って食べました。
美味しいてんぷらですよ。スタミナ天とか野菜天とか、種類も豊富でした。
そのあと、弥太の通った岸本小学校をすぎて、生家あとに立つ詩碑をみんなで見ていると、近所の高齢の女性が、解説して
下さって、「瑠香ちゃと遊んだよ」と言うのでした。(瑠香は、弥太長女で、3年前に逝去)
思わぬ解説をいただき、これぞ、街歩きの真骨頂と、みなでいいあいました。
さいごに、月見山下の峰本神社境内にたつ、高村光太郎揮毫による詩碑《白牡丹図》を前に、撮影して帰宅の途に着きました。
まことに、詳しく企画をたて、資料を作成なされた佐藤先生をはじめ学生さんたちにも感謝申し上げたいと存じます。

弥太の白牡丹図の詩碑前で、解説下さる佐藤先生
以下の音声ファイルにて、解説内容お聞きください。
午前9:00~午後3:00
平成28年11月19日、絵金蔵前集合、流解散
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